自然調和力|実家の畑の記録#1 死んだ土壌に生態系を

自然調和力(畑)

自我が芽生えてからは命が何よりも価値のあるものだった。
自分の命、虫の命、花の命、魚の命、全ての命には決して言葉では表現しきれない価値があると思った。

そんな命の集まりでできた地球の自然が何よりも美しいと思った。子供の頃はこの自然を死ぬまでに味わい尽くせるか心配になって眠れない時があった。

でも心配だけしててもしょうがない。だからできる限りの自然を学んで自分のものにしたい。傲慢ではあるだろうが、遠慮する必要はない、それは命を得た者の権利だ。

どんな命が生まれて、その命がどんな風に動くと、どんな自然が形成されるのか、それを息をするかのように容易に想像できる能力がほしい。

この「自然調和力」のシリーズではその能力を磨く鍛錬を記録していく。

今回はその能力を磨くために私がいま持っている環境と今後の展望を話したい。

絶好の勉強場所、実家の隣の死んだ土地

かつて実家の隣には老夫婦が住んでいた。たしか10年ほど前くらいにおじいさんが亡くなって、4年前ほどにおばあさんも亡くなった。二人が住んでいた家は空き家となった。

その空き家を私の家族が購入し、家を解体してさら地にした。そこには20年以上もの間、家の下敷きとなってすっかり死んでしまった土地があった。

いや、もちろんたくましい微生物は生きていたさ。死んだ土地というのはインパクトを持たせるための誇張した表現だから微生物の諸君は怒らないでほしい。

これは最初に土の掘り起こしをした時の画像。この辺りはもとの家の庭があったところだから木の根っこがたくさんあった。そしてとにかく大小さまざまな石が多い。この画像の時点で数千の石を取っている。表面の土の色はもはや灰だな。

家族はこの土地の使い道を特に決めていなかった。私が自由に使ってもいいとも言われたが、私が実家に帰省した時には祖母がコスモスやチューリップなどの花を植えていた。いかにも富山らしい。

だが自然大好きの私はそこに生態系を築くことに大賛成だ。ここで私の自然の知識を1から実践できる。今から創造したい環境を思うままに創造できる。とても高揚した。

かつてここで生きていた二人の人間に代わって、新たな動植物がその土地に住まうのだ。この命の移ろいに私は介入できる。私は本当に恵まれていて、本当に罪深い奴だ。

次は私が今までにその畑でしてきたことを紹介しよう。ちょっとボリュームがあるが最低限にまとめたつもりだ。

今まで畑でしてきたこと

私が畑に手を入れ始めたのは2024年のゴールデンウイークの帰省の時。

まずは作物を植える予定の3つの畝(うね)のあたりを全体的に掘り起こした。土を良くしてくれるミミズが全くいなかった。蟻すらいなかった。でも意外と昆虫の幼虫が数匹眠っていた。さら地になってからの数か月で卵を産んでいったようだ。大きさから見てコガネムシの幼虫だろうか。

そしてその後は最低限のたい肥を混ぜながら畝を作った。この時はいくつかの夏野菜の苗をうえた。

私は帰省の時しか畑を触れないので、作物を実際に育てるのは実家の家族に任せる形になる。家族といっても、畑や家の他の植物の面倒を見ているのはほぼ祖母だ。基本的に私は土台を整えて植えるとこまでしかできないのだ。しょうがない、いつか富山に戻った時は毎日畑に入り浸ってやる。

そして、夏のお盆の帰省の時。この時に夏野菜はすでに実って大部分は収穫されていた。この写真に写っているのはナス、しし唐、オクラだったと思う。

雨が降ったあとの写真だがしっかりと畝の堀(畝の間のへこんでいるところ)に雨水がたまっていて、水はけができていることがわかる。畝は少し高めに作ったが、5月からの約3か月の風雨によって結構なだらかになっている。機能的には問題ないだろう。

畝の表面にはあるのは米のもみ殻だ。母がもらってきたそうだ。もみ殻は土にすき込む(表面にまいて、クワや耕運機で土と混ぜる)と土の通気性が増し、根の発育を促進するそうだ。写真のように畑の表面にまいただけの場合は、雑草を抑制し、乾燥や冬の寒さから根を守る効果があるようだ。すでに苗がある場合はまくだけが良いだろう。

この帰省の時にさらに隣に畝を作成した。この畝には小松菜やほうれん草を植えたが、たしか発育があまりよくなくて家族はほとんど食べなかったそうだ。

そして2025年のゴールデンウイークの帰省の時は、じゃがいもを植えてみた。写真はその時のたね芋だ。実は2024年の夏に秋ジャガイモとして植えてみたがほとんど実らなかったためこれはリベンジになる。

よくじゃがいもはある程度の大きさ(60g以上)のものは収穫量に差がないため、たね芋を半分に切って、切り口に灰を塗るか干して乾燥させて埋めるとよいと言われるが、それに素直に従って2024年は上手くいかなかったので今回は3つだけ半分に切って他はそのまま埋めることにした。

2024年は私の帰省中にたね芋から芽が出ず、乾燥もまだ甘かったため、埋めるのは家族に任せた。それも失敗した原因かもしれないが、こっちが勝手に始めたことを任せたのだからどんな状態でどんな風に埋めたのかなど問いただすようなことは良くない。リモートでは細かい指示も難しい。

2025年はたね芋が購入時点から埋められる状態だったため帰省中に自分の手で埋めることができた。じゃがいも用の化成肥料も買ったりして万全の土の状態で埋めた。

じゃがいもはある程度茎が高くなってきたら、茎を中心として土を盛る作業がある。目的は芋の緑化(毒化)を防ぎ、収穫量を増やすためだ。その作業を家族がめんどくさがらないように、あらかじめじゃがいもを埋めたとこの周りに土も盛っておいた。もう大丈夫だろう。

そしてこれが埋めたじゃがいもの葉が生い茂っている時の写真だ。右前方のほうには半分に切ったたね芋を埋めていたのだが全く芽が出ていない。やはり何か致命的なミスをしているのか、この悪質な土壌に実の部分が触れることで発芽できなくなるのか……。

とにかく、半分に切らずにそのまま埋めたたね芋はおそらく全て発芽して順調に育った。2024年のリベンジは成功だ。

そこからさらに1か月ほど経ち、じゃがいもの収穫が始まった。この時も私は帰省できず、すべて家族任せだ。できた実はほとんど小ぶりだった。写真くらいのサイズが一番大きく、半分以上は梅の実くらいのサイズだった。でも味は良かった。家族は2026年もじゃがいもを栽培しようと言っている。

そして2025年の夏、初めて木を植えてみることにした。サルスベリ(百日紅)だ。

名前のとおり、綺麗な紅い花が咲いている。漢字名の百日紅の名前の由来はその紅い花が約100日間咲き続けるからと言われている。たしかに長い期間咲くのだ。この写真は一番咲いていた時に祖母が送ってくれたものだ。

サルスベリを埋めた理由は「畑の前方に木があればプライバシー保護になるから」、「強い品種だから」、「花が綺麗だから」などあるが、もうひとつ個人的な理由がある。

シンカイログはヨルシカが好きだ。最近はアニメや映画のタイアップで有名なヨルシカだ。そのヨルシカの「前世」というライブの物語の中でサルスベリが出てくる。グッズもサルスベリがモチーフのデザインが多い。「エイミー」という曲の歌詞にもサルスベリが出てくる。

ネタバレになるから詳細は言えないが、とにかくヨルシカファンにとってサルスベリは印象的な花なのだ。家にサルスベリを植えることはヨルシカへの推し活を意味するのだ。

その植えたサルスベリだが、夏の間は元気に花を咲き続けていたものの、富山の厳しい冬を越せるのかはかなり不安だ。

2025年の11月にうまいこと連休が取れたため、サルスベリの雪囲いをした。サルスベリは落葉樹で秋に葉っぱは落ちるためどこにあるか分かりにくいが囲いの真ん中にある。ひもの間隔が広すぎたためこのあとさらに巻いている。

ただやはり雪や風の影響でこのサルスベリはかなりのダメージを負ったようだ。今かなりあやしい状態なのだが詳細については次の畑の記録で書く予定だ。

以上が今まで畑でしてきたことだ。他にも取り組んでいることはいろいろあるのだがそれはこれからの投稿で少しずつ報告できたらと思う。

思ったより、今までしてきたことの報告が多くなってしまったため今後の展望については次の畑の記録で話させてくれ。

Written by シン.

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